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2007年3月27日 (火)

情けは人の為ならず

 おはよーでござんす。どんより、曇り空から雨が降り始めましたね。ちょっと前なら、雨の日は、すごく寒いと感じたのに、今日は、なんだか暖かい雨です。いよいよ、本格的な春の訪れがきているのでしょうね。

 さてと、今日は、「情けは人の為ならず」についての考察をします。

 本来の意味は、「人に情けをかけておけば、いずれ廻りまわって、自分に返ってきます。だから、人には情けをかけておきなさい。」というような、訓話なのですが、最近、誤って使われる意味としては、「いくら情けをかけても、本当の意味で、その人の為にはならないから、情けは無用である。」という風に解釈されているみたいで、2001年に実施した「国語に関する世論調査」では、国民が使ってる割合は、五分五分だそうです。

 ここまでくれば、間違った使い方も、正解になるということですね。しかも、本来の正しい方の使い方をしている人は、お年寄りに多いみたいで、時が経つに従って、不正解の方が正解になっていくことでしょうね。

 で、なぜに言葉の意味が変わっていったのかというと、時代の移り変わりをあらわしているのだと思います。「いずれ自分に返ってくるから。」という本来の意味は、日本語らしく、すごく奥が深い言い回しで、「情けはいずれ自分の為」という慣用句にしてしまったら、俗っぽくて、卑しい表現ですもんね。(^O^)ただ、古くからの日本の習慣である、互助的な発想、助け合い、譲り合い等の精神が根付いた素晴らしい表現だと思います。

 一方、欧米の文化が大量に流れ込んできたことにより、「個」「個人」の主張が前面にせりだし、「自分さえよければ、それで良い。」という風潮が自然発生し、受験戦争、近所づきあい、能力主義に代表されるように、人にかまってられない環境で育っていった言葉だと思います。

 「いくら情けをかけても、本当の意味で、その人の為にはならないから、情けは無用である。」という解釈は、聞こえは良いですが、要は、人に対して、無関心なのを、正当化しているだけなんですね。

 なんぼ偉そうなことを言ったところで、所詮、人間は一人では生きていけないわけですから、お互いがお互いを理解しあい、助け合うということを標榜するという行為は、大事なことなんじゃないかと、思うのでした。でも、いつも助けてもらってばっかりじゃ~、嫌になっちゃうから、お互いが努力するのが前提ですけどね!

 物件情報!お待たせしました。とうとう、甲陽園目神山町の巨大プロジェクト、「エコビレッジ目神山」の開発許可がおりました。パチパチパチ。1区画約300坪のウルトラゆっくり敷地に、前面8mの道路(擬似)をつけた4区画は、特筆ものです。高さ25mから見下ろす景色は、のりぞーが今まで見てきた眺望の中でも、NO.1クラスでしょうね。全戸南向きでの販売になります。今から、工事に入るので、夏にはできるでしょうね。価格は、なんぼにしよっかな?興味のある人は、のりぞーまで。

 

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