« 我への執着 | トップページ | すごい業者さん紹介 »

2008年2月 8日 (金)

我への執着PART2

 おはよーでござんす。昔の、のりぞーは、サッカー部の左ウイング(スリートップの左サイド)を、シュパシュパ走り回るサッカー小僧だったのに、最近のお腹の出具合を見るにつけて、凹んでしまいます。

 ゴルフ場のお風呂を出たときの、鏡の前の自分の裸をみて、卒倒しそうになるのは、何故? あ~、スリムになりて~!酵素ダイエットしようかな? もうちょっと、セクシーな体になりたいですね。

 さてと、本日は、昨日のお話を、もう少し突っ込んで考えていきます。

(昨日の文章より抜粋)

 「私」とは自分が思っているような固定された像ではなく、相手との関係性の中で一時的に生じ、また消えゆく無常なものなのだから。

 答えは、この中にあるのだと確信します。今、自分達が感じている「私」とは、勝手な自分の概念であり、お釈迦様のいう、「私」とは、相手との関係性の中で生じるもの、つまり「縁」にあるということですね。

 例えば、いくら自分が明るい性格だと思っていても、周りの人が、暗い人と感じれば、それは、すなわち、「私」は暗い人なわけで、同じようなことが、営業の世界でも起こりうるのだと思います。

 よく聞く言葉が、「こんなにも、@@さんの為にやったのに・・・。」というセリフがありますが、その「こんなにも」は勝手な自分が思っているモノであって、ひょっとすると、相手にとったら、「余計なおせっかい。」かもしれないし、「うっとうしい。」と感じられるかもしれないし、そう感じられた関係性・縁が、すなわち「私」であるということです。

 だから、大切なことは、自分がどれだけしたか、やってあげたかではなく、相手がどう思うのか?どう感じるのか?という感性を鍛え上げないと、良好な「私」は生まれないということですね。

 この相手が感じる「私」を、感性を鍛え上げ、敏感に察知し、かつ、良好に感じるように誘導する事が出来るようになれば、新しいステージが見えてくるのだと思います。

 所詮、一人では生きていけない生物ならば、一人よがりするよりも、周りと楽しく、明るく、認めてもらいながら、生きていくことの方が、500倍素晴らしいですよ。

 物件情報!比較的ゆったりした敷地、50坪強ぐらいで、苦楽園弐番町にて、土地分譲がでそうな予感です。@75万くらいの、建築条件なしかな?興味のある人は、のりぞーまで。

|

« 我への執着 | トップページ | すごい業者さん紹介 »

「住まい・インテリア」カテゴリの記事

コメント

与えるものが受け取るもの、物理学でいうブーメランの法則の様に自分の発した波動が自分に返ってくるのであれば、今現在の自分の在り方が宇宙の法則・万物の法則に則っていればおのずと良い縁である経験を生み出すと思います。

であるならば人にどう見られるかや評価されるかを気にするのではなく今目の前の事に最前を尽くし、今目の前の人に愛のある言葉・行為を行なう事が大切だと思います。

投稿: | 2008年2月 8日 (金) 14時08分

 コメントありがとうございます。その通りですね。まだまだ、のりぞーも俗物です。
 心を無にして、最善をつくしたいと思います。

投稿: のりぞー | 2008年2月 8日 (金) 17時23分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 我への執着 | トップページ | すごい業者さん紹介 »