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2017年10月28日 (土)

道徳と法律

 おはよーでござんす。お隣の国、韓国では、よく人治主義と言われます。

 例えば、『2017年1月18日、韓国の刑事裁判で懲役1年の判決を言い渡した裁判長が、被告人の「でたらめの裁判だ」との不満の声を聞き宣告を即座に訂正、懲役3年と言い直す一幕があり、騒ぎになっている。』というニュースなんかは、最たるものですね。

 また、法の不遡及で、法令の効力はその法の施行時以前には遡って 適用されないという法の一般原則があるのですが、これも往々にして韓国では、よくひっくり返ります。

 これは、その国、その国の成り立ちと歴史があり、それによって形成されるものなのですが、日本の場合は、立法権というものがあり、その時、その時の感情や時代の状況で法律を変えてはいきますが、ただし、その法律がいくら古臭かったり、現状にマッチしていなくても、今現在は、その法に従うという形を選んだわけです。

 島国で狭い国土にひしめき合うように人口密度が高く、争いごとをなるべく避け、共同体として生きていくという先人の知恵の積み重ねで、今の、日本の法治国家としての形態が生まれたのだと思います。

 感情論で、その時、その時の、法の判断が動くようでは、それは愚衆政治と言わざるを得ず、法治国家としての体をなさないですよね。

 よく、『法律では、そうですが、・・・・。』と言われることがありますが、この大前提を崩してしまうと、何でもありになるということを、どうして理解できないのか、不思議で仕方がありません。

 まぁ、愚痴っぽくなっちゃいましたが、もう一度、法のことを見つめなおしたいですね。

 ではでは。

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